レースに使用されるマシンは、パワーやトルクだけではなく、車体の軽さによっても大きな戦闘力を得ることができます。
そのため、一般的なレースではマシン自体の車重をレギュレーションによって厳密に制限することが多いです。
これはモータースポーツの最高峰といわれるF1レースでも同様で、2017年のレギュレーションでは、ドライバーを含めて728kg以上と定められています。
つまり、F1マシンの重量は普通にそのへんを走っている軽自動車よりも軽いという事になります。こんなに軽いボディにヴィッツ10台分のパワー(1000馬力)を絞り出すエンジンが搭載されているわけですから、どれだけ凄まじいモンスターマシンか簡単に想像がつくというものです。
バラスト(重り)を使って車重を調整する
F1マシンの戦闘力を最大限まで高めるには、このレギュレーションの範囲内でギリギリの車両重量を出すしかありません。つまり、理想的には728kgピッタリとしたいところです。ただし、この車両重量にはドライバーの体重も含まれます。ドライバーの違いによって微妙に車両重量を調整しなければなりませんし、レース終了後の計量に備えて、ドライバーが汗で失う体重も計算に入れておかなければなりません。
という事は、初めからレギュレーションギリギリの車体を作ってしまうと、レギュレーション違反となってしまう可能性が高くなるのです。
そこで、各レーシングチームでは、マシンの車両重量を軽めに設計しておき、ドライバーを乗せた状態でバラスト(重り)を使って、レギュレーションギリギリに調整するという小技を使います。
これなら、ドライバーに合わせてある程度自由に車重を調整することができますし、ドライバーが汗で失う体重の調整も可能です。
レギュレーションの解釈による違いから失格となってしまったBARホンダのジェンソン・バトン
2005年に行われたサンマリノGPにおいて、この車両重量にまつわるトラブルが起きています。
このレースでは、BARホンダのジェンソン・バトンが、3位入賞の好成績を残しました。しかし、レース終了後の車検において、車重がレギュレーションを下回っているという判定を受けます。つまり、レギュレーション違反により失格となってしまったのです。
ただし、このレギュレーション違反には、複雑な事情があります。BARホンダはマシンに安定的な燃料供給を行う装置として「予備タンク」を装備していました。この予備タンクでは、内部の燃料を使い切ることはできず、あくまでも燃料供給を安定化させる装置として機能しています。つまり、BARホンダとしては、この燃料タンクは車重に含まれるという認識です。
そのため、これよりひとつ前のマレーシアGPでは、FIAもこの仕組みを認識した上で合法と判断していました。ところが一転してサンマリノGPでは、BARホンダがレギュレーションを自分勝手に解釈していると問題視。悪質性は無いものの、レギュレーション違反にあたると失格を言い渡したのです。
つまり、「予備タンク内の燃料は抜き取った状態で計測する必要がる」というのがFIAの公式な立場です。これ以降、レギュレーションにも「いかなる理由があっても、燃料を車重に含まない」という規定が盛り込まれています。
この突然の裁定には、FIA本部とFARホンダの政治的な確執があったとも伝えられていますが、正確なところはわかりません。
FIAの裁定には逆らえない
BARホンダは、その後、サンマリノGPのポイント剥奪と、バルセロナ、モナコ、2大会の出場を停止。ヨーロッパGP以降の大会でも、ペナルティとしてバラスト6kgの装着が義務付けられています。
FIAに正式な確認を得ていなかったという落ち度はあるものの、ちょっとしたレギュレーションの解釈の違いだけでここまでのペナルティを付けられるのは大きな痛手です。F1のレギュレーションは複雑で細部にまでおよびますから、FIAが難癖を付けようと思えばそれこそ思いのままです。まさに「FIAは神様、逆らうものは容赦はしない」といったところでしょうか。