かつて、神奈川県の三浦半島には、歯科治療を行うための医療専用2トン車が、西へ東へと忙しく走り回っていた事があります。この2トン車で治療を行っていたのは、神奈川県に在住の歯科医師、石井靖彦さんです。
歯科治療の受けられない老人のために
この石井先生は老人ホームの医療顧問を頼まれ、歯科治療を行っていたことがありますが、この時、あまりに歯の治療を必要としている老人が多いことに驚いたそうです。同時に「老人ホームにいる人なら、たまに治療の機会もあるだろうが、自宅で寝たきりとなっているような老人の場合は、そういう機会も少ないだろう」と考え、医療専用の車による出張治療を思いつきます。
医療専用車にはワンボックス軽自動車を使い、2000万円を掛けて医療機器を積み込んだ改造がほどこされていました。2キロ以内であれば、出張費2500円と保険による治療費を払うだけで、どこにいても歯科治療が受けられますが、実際には経費が足りず赤字になっていたようです。
虫歯20本を放置している人も
治療を始めてみると、想像以上に歯科治療を必要としていた人が多く、しばらくは大盛況となりました。中には、10年間虫歯を放置していたおじいちゃんや、3年前に寝たきりとなったまま20本以上の虫歯に悩まされていた男性もいたそうです。
ほとんど身動きの取れない寝たきりの生活を続ける人にとって、食事は唯一といってもいいくらいの大切な楽しみです。この石井先生のちょっとした思いつきと日々の献身的な医療サービスによって、救われた人は数限りない人数にのぼることでしょう。
その後、このワンボックス軽自動車が手狭になると、2代目の医療専用2トン車へと代替えを行い、通算で13年間に渡る歯科治療の出張サービスを行っていてことになります。
石井先生自信の老化とともに体力の限界が
この治療は通常の医院での治療が終了する夜間を使って行われていましたが、石井先生は自身の老化とともに体力の限界を感じるようになっていました。
加えて、治療を受けに来る老人も、日々の体調によって通院できたり、出来なかったりと中々治療を継続が難しいケースも目立ちます。
デイサービスと歯科治療の一体化
そこでこの石井先生が再び思いついたのが、デイサービスと歯科治療を一体化した新しい医療体制です。
この新しい医療体制では、デイサービスの送迎車で老人を連れてきてもらい、入浴や食事などのサービスと同時に歯科治療も受けられるようになっています。
これなら、石井先生は医院から移動する必要がありませんし、体調の悪い老人や足の不自由な老人もデイサービスの送迎車を使う事で医院まで移動することができます。
珍しい医療専用車による出張歯科治療サービスは終了しましたが、現在のデイサービスと結びついた新しい医療体制に、先生の歯科治療と老人に対する思いは引き継がれています。