かつて世界にその名を轟かせた名F1ドライバー、ナイジェル・マンセルは、F1ドライバーの適正について次のような事を語ったことがあります。
「F1に上り詰めるまでにはマシンを速く走らせるための能力が、F1ドライバーとしてトップに立つには、過酷なF1マシンに耐えるための体力が必要だ」
モータースポーツの経験の無い人にとっては、シートに座っているだけなのに「スポーツ」と呼ばれることに大きな違和感があるそうですが、このナイジェル・マンセルの語る「過酷なF1マシンに耐えるための体力」とはいったいどんなモノなのでしょう。
F1マシンのコクピットは極端に狭い
F1マシンのコクピットは非常に狭く、大人の男性が乗り込むと肩幅ギリギリのサイズしかありません。足元のスペースにも余裕は無いので、ドライバーはレース中、終始足を軽く折り曲げた状態を強いられます。あまりにスペースがギリギリなため、ドライバーが乗り降りする際にはステアリングを一度外すしかありません。
ネルソン・ピケは、この狭いコックピットを称して「棺桶」と呼んでいたそうですが、なんだか想像するだけで息が詰まりそうですね。
ドライバーの前に立ちふさがる暑さとの戦い
この狭いコクピットでF1ドライバーは、長時間の過酷なレースを戦うことになるのですが、ドライバーが戦う相手は何もライバルのレーシングドライバーばかりではありません。
F1マシンには、重量増と動力のロスを嫌ってエアコンが装備されていません。そのため外気が40度になるような環境では、車内温度は60度以上になることもあります。
特に灼熱の中でレースが展開されることの多いブラジルやメキシコでは、この暑さがドライバーの前に大きく立ちはだかることになります。
ステアリングのスイッチを操作すると、口元からドリンクが補給されるストローが装備されていますが、これは暑さ対策というよりも脱水症状の予防が主な目的です。
ドライバーの顔はヘルメットに隠れてよく見えませんが、あの小さなコクピットの中でこの灼熱地獄とも同時に戦っているのです。
体に大きな力が掛かり続ける「G」との戦い
もう一つのドライバーの敵は、ドライバーの体に直接掛かる「G」という力です。ロケットなどの打ち上げにより発生する加速度のことを、一般的に「G」といいますが、F1の場合はドライバーの体に掛かる外力のことを指します。
「1G」と表す時には、ドライバーの体重と同じ大きさの力がドライバー自身に掛かっていることになります。
300km/hからのフルブレーキングで掛かる前後Gが「3G」程度、ハイスピードでコナーをクリアしている時に掛かる横Gにいたっては「4G」にもなると言われています。
これが体の一番弱い部分である「首」を中心に掛かり続けるわけですから、普通の人なら1周ももたないでしょう。
そのため、F1ドライバーは普段から首のトレーニングを欠かさないといいます。以前テレビで中嶋悟のトレーニング風景を見た事がありますが、首を中心に執拗に負荷を掛け続ける姿が印象的でした。それは見ているだけでこちらの気分が悪くなるほどです。
もしこれを読んでいる人の中に暑さにめっぽう強くて、しかも首の強さだけは誰にも負けないといった人がいるなら、その人はF1ドライバーしての重要な資質の一つを、生まれながらに持っているという事になります。