F1に出場した女性ドライバーたち【F1】


女性ドライバー

F1GPというと男の世界といった印象で、女性ドライバーに活躍のチャンスは無いような気がしてしまいます。

しかし、驚くべきことにあの過酷なF1レースを戦った女性ドライバーが、今までに4人存在しています。

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世界初の女性F1ドライバー、マリア・テレーザ・デ・フィリップス

まず一人目は、1958年に「マセラティ250F」でF1に出場した世界初の女性F1ドライバー、マリア・テレーザ・デ・フィリップスです。

初戦のモナコGPでは残念ながら予選落ちとなりましたが、その後のベルギーGPでは10位完走の好成績を収めています。続けてポルトガルGPとイタリアGPにも参戦しますが惜しくもリタイヤという結果に終わっています。

翌1959年には再度モナコGPにチャレンジしますが、この時は予選通過を果たすことが出来ず、そのままF1から引退することになります。

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初の女性によるポイント獲得の偉業を成し遂げた、レラ・ロバンティ

二人目のF1女性ドライバーはレラ・ロバンティ。1974年にイギリスGPに出場するも予選を通過することが出来ず、この年はF1本戦を走ることはありませんでした。

しかし翌年に南アフリカGPに出場し、見事決勝レースに出場する夢を叶えています。続けてスペインGPの本戦にも出場し、6位入賞となり、初の女性によるポイント獲得という偉業を成し遂げています。

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元オリンピック選手のディヴィナ・ガリカ

3人目は、ディヴィナ・ガリカ。1976年に初めてイギリスGPに出場していますが、予選を通過する事はできませんでした。

一年ブランクを開けて1978年。アルゼンチンGPとブラジルGPに出場するも、この時も予選通過を果たす事ができずF1ドライバーを引退しています。

実はこのディヴィナ・ガリカは、3度も冬季オリンピックに出場するほどの優れたアルペンスキー選手でした。このような身体能力に恵まれた女性でも中々決勝に進出することができないのですから、F1の過酷さがわかろうというものです。

資産家令嬢のジョバンナ・アマティ

最後は、1992年のジョバンナ・アマティです。ブラハムと契約予定であった中谷明彦が、FIAのスーパーライセンス発給基準を満たしていなかったため、急遽ジョバンナ・アマティがドライバーに選ばれる事になりました。その後、3戦を走りますが全て予選を通過することができず、チームと約束していた資金の支払いも行われなかったため、そのまま契約を解除されることになります。

チームへの資金支払というとちょっと不思議な気がしますね。F1GPへの参加には膨大な費用が掛かるため、一部のドライバーはチームに資金を提供することでドライバーズシートを獲得するケースがあるのです。

ジョバンナ・アマティは資産家の令嬢でしたので、この資金を提供する見返りにドライバーズシートが約束されていたのでしょう。

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akiroo

クルマ好きの40代男性。現在病気のため療養中です。

ブログは暇つぶし&リハビリ。

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記事更新の時間は、大体、午後11時から12時にかけてを予定しています。

謎のアクセス減少地獄継続中!(2017年11月)

※記事を何百件入れてもドンドンアクセスが下がるので、記事更新を1にして、余力で過去記事の修正をしようかなあと思案中です。