人間は本来そこに無い物があると大きな違和感を覚えます。時にはそれを何かのトラブルと結びつけ、「納得しやすいストーリーを仕立て上げてしまう」なんて事もあります。
今回の【こぼれ話】は、そんな人間の錯覚が引き起こしたトラブルのお話です。
無人で放置されるタクシー
1989年11月午前11時頃。神奈川県津久井郡の人里離れた山奥で、タクシーが無人で放置されていました。
このタクシーを発見したのは、付近に田んぼを所有する地元民です。
普段、こんな山奥にタクシーがやってくる事など滅多にありません。しかも、タクシーの中には誰も乗っておらず、無人で放置されているのです。
これはもう完全に何かの犯罪にタクシーの運転手が巻き込まれたに違いありません。慌てた地元民は、急いで神奈川県警へと通報を入れます。
地元の消防団と協力して捜索を開始
通報を受けた警察は、急いでタクシーが放置されている現場へと出動。10分も立たない内に到着しました。
警察が付近を捜索してみると、特に変わった様子はありません。しかし、タクシーはこの地元で営業している会社のものではなく、横浜ナンバーで登録されている個人タクシーでした。
「こんな所に横浜のタクシーが放置されているのはおかしい!何か重大な犯罪に運転手が巻き込まれているに違いない!」と色めき立ち、さっそく地元の消防団と協力して、大規模な山狩りを始めます。
ひょっこり現れるタクシー運転手
しかし、いくらあたりを捜索しても、犯罪の痕跡を示す手がかりは一向に見つかりません。あたりの気温が下がり始めると、次第に署員の顔には焦りの色が見え始めます。
そこへ呑気な顔したタクシー運転手のNさん(59歳)がひょっこり現れます。物々しい警察官たちを見つけて「何かあったんですか!?」と驚きの色を隠せません。
「実はこのあたりで無人のタクシーが見つかり、事件の疑いがあるので捜索しているのです」と警察官。
「そ、それは私のタクシーです!」とびっくり仰天するNさん。なんでもNさんは、休暇を取って山奥に山芋掘り来ていたそうです。普段営業車として利用しているタクシーですが、Nさんは個人営業なので、営業車と自家用車を兼用していたのです。
事の次第を聞いて、なんだか気の抜けたようなホッとしたような複雑な表情を見せる署員たち。
「この山は厳密には所有者のものです。無断で行う山芋掘りは本来なら違法です」と、ちょっとがっかりした様子で撤収していったそうです。
こんな山奥の村で、重大事件が起きることは滅多にありません。「がっかりした」というのはちょっと言い過ぎですが、緊張感や捜査意欲が一気にしぼんでしまうのは仕方ありませんね。