1989年のバブル華やかしころ、銀行を始めとする金融業界は今とは違った意味で大変な時代でした。仕事は沢山あるのですが、ライバル銀行との競争が激しく、息をつく暇もないほどの忙しさだったといいます。
ちょうどこの頃放送されていた栄養ドリンクのCMに「24時間戦えますか?」というものがあったのですが、その当時、就職を控えた学生だった秋ろーは、まだ見ぬサラリーマン社会を想像して戦慄を感じたのを思い出します。
タクシーが唯一のオアシス
競争の激しい銀行業界では、1分1秒の遅れが命取りとなります。特に決済権のある支店長は、銀行にいる時はもちろんのこと、電話やFAXが常備されている自宅でも常に気の休まることはありません。まさに「24時間戦えますか?」の世界そのものといった過酷な労働環境だったのです。
ただ、こんな支店長にも唯一、心の休まる場所があります。それは移動のために使うタクシーの中です。大きな銀行の場合は、専用のハイヤーに自動車電話が装備されますが、規模の小さな銀行では支店長クラスといえどもタクシーでの移動が普通です。当時は携帯電話も普及していませんので、タクシーに乗ってしまえば何も連絡の取りようがなかったのです。
小さな信用金庫の効率化策
ある大阪の小さな信用金庫に務めるA支店長も、普段は激務に耐えて職務をこなしながらも、このタクシーでのゆったりとしたひと時を心の支えに、なんとか過酷な支店長生活に耐えていました。
ある時、この信用金庫の経営陣は「我々は小さな銀行だが、仕事のスピードでは決して大手に負けない」というスローガンのもと、特注のワンボックスカーを使った「走る支店長室」を考案します。
走る支店長室の内容
この「走る支店長室」には、自動車電話やFAXはもちろんの事、無線回線を使ったコンピューター通信、テレビやビデオに加えて小さな金庫まで装備されており、どんな時でも支店長の命令を銀行に伝える事ができるようになっていました。
この銀行のその後
ただ、今まで唯一のリラックス場所だった移動空間を奪われた支店長は、心穏やかではなかったはずです。
その後バブル崩壊のあおりを受けたこの銀行は、他行と統廃合され現在は完全に消滅しています。
まあ、このタクシーの件が直接統廃合の原因となったとは思いませんが、「行き過ぎた効率化はあまり良い結果を生まない」という事もいえると思います。人間は機械ではありませんから、多少の余裕が必要なんですね。